三位一体規格外人生 KEIKO’s 歩み(HISTORY)


過去は隠すものではなく、活かすもの!

The past is not something to hide, but something to make use of 

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HISTORY(道のり・歴史)

人生という名の道を、運転する旅。
直線に進む人もいれば、遠回りする人もいます。
 
自分では気が付かないうちに、
道が逸れていくことが多く、

軌道修正は 気が付いた時に、

直ぐに始めることが、必要です。

 過ぎた時間を振り返れば、
全てが繋がっていたことに、
・・・気が付かされます。
 

人生はジグゾーパズル のようなもの。

 どんなに辛いことや 苦しいことも
パズルを完成させる為には、必要な1ピースなのです。
 

経験は、隠すものではなく活かすもの

私の全ての経験は、
みなさんの夢を叶える為後ろ楯となるものです。


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 
1980年 (14才)
「秘密のデカちゃん!」

セリフ一言デビュー

「ロボット8ちゃん」(第21話)
バラバラマンの妹 ゲスト出演
➡️Huluで見れます!
 
1981年 (15才)
「燃える女」(子役)レギュラー
 
東京都渋谷区代々木上原(2畳一間)で

ひとり暮らし開始。

 

1982年 (16才)
ヒステリーな母親から愛情と言う名の支配 及び、
しつけと言う名の虐待を受けて育ち、
5歳の時には父親を信じておらず、
10歳の頃にはサラリーマンだけには

ならないことを決意し、

早く家を出ることを決意。
 

15歳で念願のひとり暮らしを開始したが、
帰省した時に
「死ぬ死ぬと言うけどお前は死んだ試しがないじゃないか!」
と実母に罵られ、
死体を目にしなければ親は変わらないと思い、

初自殺を試みる。
 

伊豆大島行きのフェリーで、
海に飛び込もうと思ったが、船長に止められ断念。
 
大島自然公園で、
後光に光るクジャクに諭され、
親を捨て

「自分の人生を、好きに歩む」

決意をする。
 
1985年 (19才)
地位や権力、大金が動く派手な世界
(芸能界)で生きていた為、人間が持つ、
裏と表の顔に多く接する機会があり、

人間不信になる。

➡高視聴率番組に出演後の人間の寝返り。


1988年 (22才)
初めてアメリカ本土、
ニューヨーク(マンハッタン)に渡米。

「夢は叶えるもの」

アメリカの思想。
 
自由な街・個人主義のニューヨークの空気に癒され、いつか生活しようと決意する。
 

1992年 (26才)
結婚してみようと試みるが、
幼児期に喧嘩ばかりしていた両親のトラウマが原因で、

マレッジブルー(うつ病)になり、

所持金4万円でニューヨークへ渡米。
 
到着後すぐアルバイトを見つけ、
4日後から日系カラオケ店「萩」にて勤務開始、1年間滞在する。
 


1995年 (29才)
阪神淡路大震災の恐怖
(大震災を予知していた)で

躁鬱病になる。

初めて心療内科に行くも、
日本の精神医学が欧米より30年遅れていることを知らされ、
薬の投与しかないことを知り、

治療を拒否。

自分で治そうと、逆療法で、
震災ボランティアに参加する。

 
今までの生き方に

問題があることを見極め、

2DKの部屋の中に、パンパンに詰まった
家財道具を全て処分し、犬を手放し
(里子に出し)、女を捨ててみようと
丸坊主になり、季節労働をする為、
農家の住込みバイトを始める。
 

➡物からの解放。自然界とのご縁付け。
ここが自由に生きることの原点。
 

自然が、心と身体を
甦らせてくれることを実感。

大地(土)と触れ合うことで、
みるみるうちに、精神が安定し始める。
 
 
1996年 (30才)

「アメリカが呼んでいる」と直感し、

ロスアンジェルス・サンフランシスコ・
ニューヨークと、一人旅を実行。
 
一年後、その時知り合った日本人男性と結婚しようとN.Y に滞在するも、半年で挫折。
抽選永住権を申し込んで帰国。
 

1998年 (32才)
17才の時から、汚れ役をやりたかった
(脱ぎたかった)ことが、

ずっとできない状態が、

精神疾患に繋がっていることを自覚。
 

本当の自分になる為、

魂が望むことを実現させようと、
セクシー女優として再デビュー。
➡カルマの消化&昇華
 
ビデオ、Vシネマ、映画、グラビアで

熟女ブームを確立。

 
タイ国でマッサージを習得。
リラクゼーション業も、自営で開始。
 

1999年 (33才)
アメリカの永住権が

抽選で当たり、

アメリカと日本を行ったり来たりの二重生活を過ごす。
ニューヨーク、ロスアンジェルス、グアム島、ハワイ(オアフ島)で生活。
 
 
2010年~2011年 (44才~45才)
2年間過ごしたハワイでの生活を継続させるか、日本に帰国するべきか、
見極める為に一時帰国。

日本全国直感ひとり旅を、

所持金2万円からスタート。
 
wwoof japan / ボラバイト
などの制度を使いながら、高原野菜作り、
利尻昆布干し、愛媛みかん摘みなどの
季節労働を体験。


2011年~2012年(45才~45才)
大阪(枚方市) にて生活。
2011年11月11日に結婚するように、
2ヶ月前の9月に直感が入る。

相手を探し入籍。

しかし相手の意向で50日で離婚。
 

➡人間界では結婚は失敗という解釈だが、
直感を忠実に実行したことにより、
天界からの信用を大きく獲得する。
(過去に6回結婚未遂があり、
結婚に対する恐れ=ブレーキが、
人生の駒を進めることを遮っていた為、

これで大きく人生が進んだ)

 

2012年 (46才)
17才の頃から、300回以上、各ジャンルの講演会・セミナーに出席した結果、
魂をお金に変えて共食いのようにして生きている人間社会に嫌気がさし、
「もう自分には、何もできない」と思い、

物質社会・拝金主義世界を卒業する。

 
再び坊主になり、テントと寝袋、
数枚の服だけを持参し、自然界に入門する。
 北マリアナ諸島「ロタ島」で
原始的生活をキャンプしながら行う
(後に洞窟生活)

主食はもっぱら、落ちている古いココナッツや、
貝を拾って食べ、その他の食料は、
労働(マッサージや家事)と食料を交換する形で、

0円生活を実行。

原点回帰しながら、自然のことを学ぶ。
 
 
2013年(ロタ島) (47才)
直観を受け、2匹の犬の世話をすることになる。
「世界の果ての日本人 Part8」
(喜多恵子名義)出演。
 
2匹の犬が同時出産し、

14匹の犬たちと生活する。

 
回虫による多数の子犬の死亡により、
死を看取る過程で大泣きした際に、

愛の障害物が壊れ、

愛を感じられるようになる。
(生まれ変わり・原点回帰)
 
その頃から、

突然、作曲できるようになり、

7か月でオリジナル曲
(人生賛歌・応援歌)を100曲完成させる。
(作詞・作曲・Vo)
 

2014年(ロタ島) (48才)

「純粋に音楽をやる」

ことの啓示を受けるものの、
日本に帰国することを躊躇していたところ、
「直射日光アレルギー」になり、
南国での生活ができなくなる。
 
啓示を受け、

人間界との接触を禁止される。

外出が出来なくなり一ヶ月間、
ストックしていた米と水を飲食。
 
更に食べ物が何もなくなり、
3週間水だけ飲む断食をし、宿便を排出。
腸内、体内にあった

毒素を全て解毒する。

 
その後、手にしびれがきたことから、
人間界に助けを求め救急搬送される。
 
再び、啓示を受け、
托鉢のような物乞いをし、
ロタ島人の人間の本質を見極める。
 
更に啓示で、
パスポート以外の身分証明を
破棄するように直感が入り、
アメリカと日本の免許証を

破棄する。

 
➡これらの一連は、
全て天界からのお試し行為。
全ての啓示を素直に従い、
実行したことで、宇宙・天界からの
大きな信用を獲得し、帰国。


2015年 (49才)
南国3年間の自然界修行を卒業し、
日本帰国。伊勢神宮に呼ばれ、
伊勢で1年間生活する。

2016年 (50才)
10年振りに、東京近郊で生活を始める。
約1年財務省での警備員を経てから、
やったことのない派遣の仕事を、

毎日違う仕事に携わる。

 
社会人バンド活動を開始するが、
メンバーのスケジュールが合わず挫折。
 
自然が少ない都会の

波動が合わず、

日に日に心身共に疲れてゆく。
 

2017年 (51才)
都会生活を辞め、
自然愛好家(ネイチャーリスト)らしく、
自然に回帰。
 
ホタテ、シャケ、カニなどの水産加工の
仕事(派遣)をする為、北海道紋別市へ
行く。

わずか2週間で移住を決意。

 
2か月の派遣業終了後、4か月間
ホテルフロント勤務後、
「昭和感覚★てつだいや」(自営)を開業。
 

2018年 (52才)
引っ越し70回目にして、
昭和51年の古民家を購入。
2018.9 北海道地震が

きっかけで、

再び表現者になることを決意。
 

2019年 (53才)
紋別市での自営業を廃業させ、

再び大きな視点で、

広範囲で仕事をすることを決意。
4月~奈良市富雄を拠点に、活動開始!
 
コロナ騒動で、またまた人生 転換期❣
 

2020年 (55才)
奈良生活2年目。
流れが奈良➡関東に向かう。


2021年2月12日 旧暦新年より、
日本を倖せにする表現者として集中して生きることを決意。


2021年 (55才)
4.25  誕生日に

「音楽と結婚」する。

夏の間、社会活動に参加するものの、
性に合わず直ぐに辞める。
 
8.24 ~メガネ&コンタクトレンズを

全部捨て、

完全なる 視力弱者(0.02) になる。
 
10.~ 北海道紋別市でも 活動再開
 
10.11  「紋別かあちゃん裸眼0.02生活」

YouTube 動画配信開始

         
 
2022年 
6ヶ月間の北海道紋別生活を終える。
陰と陽、コインの裏と表、のように、
南国の反対である雪国での生活を経て、
【日本を元気にする為】に、
拠点を再び、奈良に移行する。

2022年6月~
喜多恵子、ねいちゃーけいこメインに移行

2022年7月~
音楽活動 を再開させる。
今まで行ってきた マンツーマンの(施術業)仕事を卒業する時期だと感じる。
ようやく「純粋に歌を唄う」時期に来たことを知る。
 

2022年8月2日(56才)
人生3度目のスキンヘッド(丸坊主)になる。
その時の映像→ https://youtu.be/ApeiyX5Bdlw

スキンヘッドにしたこで、最終 原点回帰 決意。
主に農作業の仕事をしながら、日本各地 農旅開始。

誠実・純粋・本物 の人、土地、ことに逢うべく、
リサーチを兼ねて 自費移動しながら、日本の現状を確認する。

移動費、活動費、製作費が必要となります。
金額の大小問わず、応援寄付、お願いします。

100年人生の道のりは、
まだまだ続く。

瀬戸恵子 ( SETO)

HP➡https://keikoseto2018.jimdofree.com/ 


喜多恵子(KITA)

HP ➡ https://kitakeiko-1.jimdosite.com/

●2006年~2016年 使用
ハワイ(オアフ島)、ロタ島、伊勢市在住 時
「世界の果ての日本人Part8」

ねいちゃーけいこ (Nature )

HP➡ https://naturekeiko.jimdofree.com/

●自然愛好家、ネイチャーリスト。
2015年~使用。2022年8月~使用再開。

自然に目を向けて頂くように、これからの名前は、
ねいちゃーけいこ で参ります。

© 2022 Kita keiko & Life is Art  

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